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仙台高等裁判所 昭和63年(ラ)15号 決定

抗告人

衛藤文雄

相手方

具龍道

主文

原命令を取り消す。

相手方の不動産引渡命令申立を却下する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙執行抗告状記載のとおりである。

二よつて、検討するに、本件記録によれば次の事実が認められる。

①債務者(株式会社種村商会)は、昭和四二年一二月二九日債権者(会津信用金庫)との間で信用金庫取引契約を締結し、右取引によつて生ずる債務を担保するため、債権者に対し、昭和四六年三月一五日債務者所有の別紙物件目録(一)の一ないし四の物件につき元本極度額金五〇〇万円の根抵当権を設定し、同年六月七日その旨の登記を経由し(その後元本極度額を金一〇〇〇万円とする旨の変更契約を締結し、同年八月三日その旨の登記を経由)、更に同四九年三月一三日債務者所有の別紙物件目録(一)の一ないし五の物件(以下「本件物件」というときは別紙物件(一)目録のそれを示す。)につき極度額・金一〇〇〇万円、債権の範囲・信用金庫取引、手形債権及び小切手債権の根抵当権を設定し、同年四月六日その旨の登記を経由した。②債権者の競売申立に基づき原裁判所(執行裁判所)は本件一ないし五の物件につき昭和六二年六月一八日競売開始決定をなし、同月一九日右物件につき差押登記を経由した。③原裁判所は昭和六二年一二月二五日本件一ないし五の最高価買受申出人である相手方に対し売却許可決定(一括売却)をなし、右決定は確定のうえ、相手方は代金を納付した。④抗告人は本件四及び五の物件(倉庫)に金属型枠及び漆器類の物品を存置し、右物件を現に占有している。

そこで、次に抗告人が本件四及び五の物件を占有するに至つた経緯についてみるに、本件記録によると、①債務者は申立外有限会社丸日漆器店(以下「申立外会社」という。)との間で、いずれも昭和五九年一〇月二三日、本件四の物件につき、賃料一か月金一万五〇〇〇円、期間五年、本件五の物件につき、賃料一か月金三万円、期間五年の約定で賃貸借契約を締結し、同年一一月二一日それぞれその旨の登記を経由したが、その際債務者は賃借人である申立外会社に対し、申立外会社が右各物件を抗告人に転貸するについて承諾した。②なお、右本件四及び五の賃貸借契約と同時に、債務者は抗告人との間で別紙物件目録(二)記載の本件外の建物三棟につき賃貸借契約を締結した。③抗告人は昭和六〇年夏頃本件四及び五の物件を右申立外会社から借受け、上記漆器類等の動産を搬入し、以後右物件を使用し占有している、以上の事実が認められる(本件記録に編綴の執行官作成の現況調査報告書中には、債務者会社代表者種村忠義が執行官に対し、債務者が申立外会社に対し本件四及び五の物件につき賃貸したこともまた転貸の承諾をしたこともない旨陳述した旨の記載部分があるが、右報告書によると、執行官が現況調査を実施し、右種村忠義の陳述を聴取した時点において、抗告人から執行官に対し、債務者会社の昭和五九年一〇月二三日付臨時株主総会議事録(本件四及び五の物件等の申立外会社等に対する賃貸に関するもの)及び抗告人に対する転貸の承諾書を添付した抗告人の本件四及び五の物件の占有権原に関する上申書が提出されていることが認められるから、執行官としては当然右議事録等を右種村忠義に示し、右文書の真否等を確認していることが推認されるところ、現況調査報告書には右文書の真正を否定する趣旨の右種村の陳述記載がなく、従つて右各文書が債務者が全く関与しないまま偽造されたものであるとはとうてい断じがたく、ひいては前記種村忠義の執行官に対する陳述記載も直ちには採用しがたいものといわざるをえない。また本件記録によれば、債務者は申立外会社を相手に所有権に基づく妨害排除請求として本件四及び五の物件に経由された前記賃借権設定の各登記の抹消登記手続請求の訴えを提起し(福島地方裁判所会津若松支部昭和六一年(ワ)第一四号)、申立外会社が同六二年二月一六日実施の第七回口頭弁論おいて右請求を認諾した事実が認められる(なお本件現況調査の際、前記種村忠義は右事実を執行官に対し陳述していることが本件現況調査報告書によつて認められる。)が、右請求認諾の事実をもつて直ちに債務者と申立外会社との間の賃貸借契約締結の事実の不存在を断定する証拠とはできない。)。

そして、抗告人が、債務者あるいは申立外会社からの引渡しに基づかず、自力で占有を奪取するなど、抗告人の本件四及び五の占有が不法占有であること、あるいは債務者と申立外会社との賃貸借契約等が執行妨害を目的としてのみ締結されたこと(賃借権の設定が債権担保を目的としてなされたものであるとしても、そのことから直ちにそれがすべて執行妨害を目的とするとは限らない。)を窺わせるに足る事実は本件記録から窺うことは出来ない。以上の認定事実等に徴すると、抗告人は、債務者と申立外会社との間に締結された本件四及び五の物件についての賃貸借契約を前提として、債務者の承諾を得て転借権を取得し、右転借権に基づき、右物件を占有していると認めるのを相当とする。

そうだとすれば、抗告人は本件差押の効力発生前から権原に基づき本件四及び五の物件を占有しているものというべきであるから、抗告人に対しては民事執行法八三条による引渡命令は発布できないものといわざるをえない(なお、前認定のとおり、債務者と申立外会社との間の本件賃貸借契約は民法六〇二条所定の期間を超えるものであるから、民法三九五条所定の短期賃貸借には当らず、従つて抗告人が抵当権者ひいては買受人たる相手方に対しその転借権をもつて対抗しえないことはいうまでもないところではあるがこのことと本件引渡命令の適否とは別個の問題であるこというまでもない。)。

三よつて、相手方の不動産引渡命令の申立を認容し、これを発布した原命令は失当であるから、これを取り消して、右申立を却下することとし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官伊藤和男 裁判官岩井康倶 裁判官松本朝光)

別紙 抗告の趣旨

原決定を取消し、抗告人に対する引渡命令の申立を却下する旨の裁判を求める。

抗告の理由

本件不動産は、昭和五九年一〇月二三日株式会社種村商会の株主総会の決議を経て同日有限会社丸日漆器店がこれを賃借し、昭和六〇年夏頃抗告人がこれを転借して占有中であり、転借するについては予め本件不動産の所有者の同意を得ていたものであるから、抗告人は本件不動産の差押の効力が発生する前より権限により本件不動産を占有しているものである。

別紙物件目録(一)

一 所在 会津若松市神指町大字黒川字湯川東

地番 壱七参番壱

地目 宅地

地積 306.57平方メートル

二 所在 会津若松市神指町大字黒川字湯川東

地番 壱七参番弐

地目 宅地

地積 306.57平方メートル

三 所在 会津若松市神指町大字黒川字湯川東

地番 壱七参番参

地目 宅地

地積 306.57平方メートル

四 所在 会津若松市神指町大字黒川字湯川東壱七参番地参

家屋番号 壱七参番参

種類 倉庫

構造 鉄筋コンクリート造及鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 80.73平方メートル

五 所在 会津若松市神指町大字黒川字湯川東壱七参番地弐・壱七参番地参

家屋番号 壱七参番弐

種類 倉庫

構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 129.60平方メートル

別紙物件目録(二)

(1) 会津若松市日新町五七五

車庫兼物置 家屋番号五七五―二

107.56平方メートル

(2) 会津若松市町北町大字始字深町九二―二

(ア) 事務所 家屋番号九一―二

24.84平方メートル

(イ) 倉庫 家屋番号九二―二

57.40平方メートル

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